サプリメント規制が来ると臨床試験は変わるか?
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- 作成日: 2026/2/3
- 更新日: –
はじめに
日本では、2024年の紅麹関連事案を契機に、機能性表示食品制度の信頼性を高める方向で見直しが急速に進んでいます。
すでに健康被害情報の報告義務化 (2024年9月1日施行) が始まり、錠剤・カプセル等のGMP基準適用 (2026年9月1日実施予定) も工程表に明記されました。消費者庁が公表した制度見直しのロードマップを見れば、「いずれ来るかもしれない規制強化」ではなく、「すでに動き始めた規制強化」と考えておいて損はないと思います。
本稿では、こうした流れを踏まえ、仮にサプリメント規制がさらに強化された場合 (あるいは新たな規制枠組みが導入された場合)、ヒト臨床試験 (ヒト試験) と統計解析業務がどう変わるかを整理します。そのうえで、統計解析担当者として何を先回りして整備すべきかを、実務対策を提示します。
試験デザインは「効いた」より「確からしい」へ
求められるのは「有意差」ではなく「再現性・頑健性・透明性」となると考えられます。
規制が厳しくなるほど、監督官庁や第三者が重視するのは「p<0.05かどうか」ではありません。その結果がどれだけ確からしいか──再現できるか、揺らぎに強いか、プロセスが見えるかが問われます。
具体的には、以下のような変化が想定されます。
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①事前登録・プロトコル/SAPの固定化
臨床試験登録サイト (UMIN-CTRやjRCTなど) への事前登録はすでに常識化しつつありますが、規制強化が進めば「登録内容と最終解析の整合性」がより厳しく見られます。後出しで解析方法を変えた場合、その理由と影響を説明する責任が重くなります。
②主要評価項目の絞り込み
「あれもこれも見たい」という設計は、多重性の問題を招きます。規制当局が「偶然の有意差」を問題視するほど、主要評価項目を1〜2本に絞る圧力が高まります。
③解析集団・欠測・逸脱の扱いが監査的に見られる
FAS (最大解析対象集団) やPPS (プロトコルに適合した集団) の定義、欠測の補完方法、プロトコル逸脱の除外基準などが、科学的判断というより監査対象として精査されるようになります。結構、危ういPPSの基準を設けている試験も散見されるので注意しましょう。
④トレーサビリティの必須化
原データから解析結果まで、誰がやっても同じ結果が再現できること (再計算可能性) が求められます。Excelの手作業ではなく、コード化された解析パイプラインと監査証跡が標準になっていくでしょう。また、解析だけでなくランダム化の再現性も重要です。ヒト臨床試験 (ヒト試験) を外部委託する場合でも、任せきりにせず、割付アルゴリズムやシード管理、割付表の監査証跡を確認しておくと安心です。
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ここで重要なのは、これらが「統計解析の難易度が上がる」という話ではないことです。むしろ、統計の外側にある運用・品質保証の仕組みと一体で評価される方向への変化です。
言い換えれば、どれだけ高度な統計手法を使っても、データの取得過程や解析の透明性に問題があれば、エビデンスとしての価値は認められません。統計解析担当者は、解析手法だけでなく、試験全体の品質設計に関与することが求められるようになります。
多重性と誤認リスク
サプリメントや機能性表示食品のヒト臨床試験 (ヒト試験) には、医薬品とは異なる構造的特徴があります。
- 指標が多い: 血中バイオマーカー、自覚症状、QOLスコア、各種サブスケールなど、測定項目が多岐にわたる
- サブグループを切りやすい: 年齢層、性別、ベースライン値の高低など、後付けで解析対象を絞り込む誘惑が強い
- 探索解析の誘惑が強い: 主要評価項目で差が出なくても、「この指標では差があった」と言いたくなる
これらは、裏を返せば「偶然の有意差が出やすい構造」です。20個の指標を同時に検定すれば (各検定が独立で、すべて真の差がないと仮定)、真の差がなくても平均1個は「p<0.05」になります。規制が入ると、真っ先に問題視されるのがこの点です。これまでも何度か指摘されていますよね。
サプリメント規制が実現しても、しなくても以下の対策はしっかりしましょう。
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①主要仮説を1〜2つに絞る
主要評価項目、重要な副次的評価項目、探索的評価項目を明確に階層化し、それぞれの位置づけを事前に定義します。主要評価項目で有意差が出なければ、重要副次評価項目の結果は「参考情報」にとどまる、という設計です。
②多重性の制御方針を明示する
複数の評価項目を検定する場合、多重性をどう制御するかを事前に決めておきます。ゲートキーピング、階層的検定、Holm法、FDR制御など、選択肢はさまざまですが、重要なのは「なぜその方法を選んだか」を説明できることです。
③感度分析を事前に指定する
主解析の結果が「たまたま」でないことを示すため、感度分析を計画段階で指定します。共変量調整の有無、欠測の補完方法、外れ値の扱い、分布の仮定など、条件を変えても結論が変わらないことを確認します。
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ここで強調したいのは、対策の本質が「解析手法を高度にする」ことではない点です。多重性の問題は、高度な統計手法で解決できるものではありません。有意差の出し方を、制度や科学的要請に合わせて設計することが本質です。つまり、試験が始まる前に勝負は決まっています。
安全性評価の仕組みづくり
今回の機能性表示食品制度の見直しで最も重視されているのは、健康被害情報の収集・報告・提供の仕組みです。
この流れは、ヒト臨床試験 (ヒト試験) の設計にも影響を及ぼします。これまで安全性評価は「副次的」または「探索的」な位置づけでしたが、今後は規制対応の中核として扱う必要があります。
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①有害事象(AE)の定義・収集・集計方法
有害事象をどう定義するか(試験食品との因果関係を問わず収集するか)、どう収集するか(来院時の聴取か、日誌式か)、どう集計するか(件数か、被験者数か、発現率か)を、プロトコルとSAPで明確に定義します。
②健康被害らしさ”のシグナル検知
重篤な有害事象、特定の有害事象の集積、摂取開始からの時間関係など、「これは偶然ではないかもしれない」と判断するための簡易ルールを持っておくことが重要です。
③因果関係不明でも報告が求められる運用への接続
改正後の制度では、因果関係が明確でなくても健康被害情報の報告が求められます。ヒト臨床試験 (ヒト試験) で得られた安全性情報を、この報告フローにどう接続するかを、社内SOPとして整備しておく必要があります。
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紅麹関連の行政対応では、原因究明と情報集約が強調されました。この事案から得られる教訓は、品質・衛生事故が機能性関与成分の有効性以前の問題として市場リスクになり得るということです。
ヒト臨床試験 (ヒト試験) で有効性を示しても、製品の品質管理に問題があれば、市場から撤退を余儀なくされます。統計解析担当者の視野は、有効性の検証だけでなく、安全性・品質管理の領域にも広がっていく必要があります。
統計解析担当者としての実務対策
ここからは、規制強化を見据えて統計専門家が先回りして整備すべき実務対策を、9項目にまとめます。
5.1 エビデンス設計を「表示内容」から逆算する
試験設計の出発点は、「どの文言を表示したいか」です。
表示したい文言 → 必要なアウトカム → 必要なデザイン
この逆算を徹底します。「差が出そうな指標」から始めるのではなく、「この表示を支えるために必要な証拠」から始めます。
新規成分などでは、確認手続きが厳格化・長期化する可能性があります。スケジュールには十分なバッファを置き、「試験が終わってから届出まで1年かかった」という事態を避けます。
5.2 主要評価項目の一本化と階層設計
主要評価項目は、原則として1つ、多くても2つに絞ります。
| 区分 | 役割 | 取り扱い |
|---|---|---|
| 主要 | 試験の成否を決める | 有意差が出れば「成功」、出なければ「不成功」 |
| 重要な副次 | 主要が成功した場合の追加情報 | ゲートキーピング等で多重性を制御 |
| 探索 | 次の試験の仮説生成 | 「探索的解析である」と明示し、主張の言い方を別管理 |
この階層構造を、プロトコルとSAPで明確に定義し、関係者全員で合意しておきます。
5.3 SAPを「監査耐性ドキュメント」にする
統計解析計画書 (SAP) は、解析の設計図であると同時に、監査に耐える証拠文書でもあります。
そのため、以下の項目を、曖昧さなく記載する必要があります。
- 解析集団の定義 (FAS、PPS、安全性解析集団など)
- 欠測の取り扱い (どの方法で補完するか、感度分析は何を行うか)
- プロトコル逸脱の取り扱い (何を逸脱とみなし、どう処理するか)
- 外れ値の取り扱い (定義と処理方法)
- 共変量調整の方針 (何を調整変数とするか、なぜか)
- 変数変換の方針 (対数変換等を行う条件)
- 反復測定の解析方針 (混合効果モデルの指定など)
SAPは版管理を行い、変更があった場合は変更理由を記録します。「後から都合よく変えた」と見られない構造にしておくことが重要です。
5.4 欠測と逸脱
欠測 (Missing) とプロトコル逸脱 (Deviation) は、ヒト臨床試験の結果を最も不安定にする要因です。
とくに機能性表示食品やサプリメント領域では、医薬品試験に比べて生活要因の影響が大きく、「測れていない」「守れていない」が起きやすい構造があります。
問題は、欠測や逸脱そのものよりも、試験終了後に都合のよい扱いが混入しやすい点にあります。「この欠測は除外でいい?」「この逸脱例はPPSから外す?」といった議論が後から始まると、最終結論が恣意的に見え、エビデンスの信頼性を落とします。
だからこそ、欠測と逸脱は「解析技術」ではなく、試験開始前のルール設計として片付けておくべき領域です。
5.4.1 欠測について
欠測への対処は、単に補完方法 (imputation) を選ぶ話ではありません。重要なのは、欠測が生じた理由が結果と関係していそうかどうか、つまり 欠測の発生機序を意識して設計することです。
- MCAR (完全にランダム): 欠測が偶然起きており、結果と無関係
- MAR (観測された情報で説明できる): ベースラインや既知の要因に依存して欠測が起きる
- MNAR (観測されていない値に依存): 悪化したから来院しない、症状が強いから中断する等
現実のヒト試験では、MNARが疑われる状況も珍しくありません。にもかかわらず、欠測を単純に除外すると、結果が良い方向に偏る (バイアス) ことがあります。
このため、欠測への対応は最低限、次の3つを事前定義しておく必要があります。
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- 主解析での欠測の扱い (原則)
- 反復測定なら混合モデル (MMRM等) のように、欠測があっても利用できる枠組みを基本にします。
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- 補完を用いる場合のルール (いつ、何を)
- 補完を行うなら、対象 (どの変数・どの時点) と手法 (例: 多重代入など) を決めておきます。
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- 感度分析 (結論の頑健性確認)
- 主解析の前提が崩れた場合でも結論が大きく変わらないことを示すため、代替シナリオを用意します。たとえばMNARを想定したパターン混合モデルや、保守的な仮定を置いた解析を事前に指定しておくと、「欠測の扱いで結論が変わったのでは?」という疑念に答えやすくなります。
5.4.2 逸脱について
プロトコル逸脱も、試験終了後に個別判断を始めると揉めます。ここでは、機能性表示食品の領域で起きやすい逸脱をあらかじめ類型化し、類型ごとに処理方針を固定しておくことが重要です。
代表的な逸脱は、次のようなものです。
- 摂取遵守率の低下 (飲み忘れ、自己判断で減量・中断)
- 併用薬・併用サプリの使用 (禁止薬・禁止サプリ、または開始・中止)
- 食事・生活習慣の逸脱 (介入期間中のダイエット開始、運動習慣の急変、過度の飲酒など)
- 来院スケジュール逸脱 (規定ウィンドウ外の測定、測定条件逸脱)
そして各類型について、次のどちらで扱うかを事前に決めます。
- 除外 (PPSから外す): その逸脱がアウトカムに直接影響し、推定したい効果(「適切に摂取した場合の効果」等)を壊すと合理的に説明できる場合
- 除外しない (FAS/ITTで含める)+補足解析: 現実の使用実態に近い効果 (実現性) を評価したい場合、または除外基準が恣意的に見える場合
ここでのコツは、「逸脱があったから除外」ではなく、推定したい効果は何かに照らしてルール化することです。ルールが明確なら、PPSは「都合のよい症例を集めた集団」ではなく、説明可能な補助解析として機能します。
欠測と逸脱は、解析結果を左右する最大の不確実性ですが、試験後に議論を始めると結論が恣意的に見えやすく、エビデンスの信頼性を損ないます。だからこそ、欠測は「発生機序に応じた主解析+感度分析」を事前定義し、逸脱は「類型化+処理方針の固定」で運用ルールに落とすことが重要です。
この先回りができている試験ほど、規制強化局面でも説明責任に耐え、結果として主張の強いエビデンスになります。
5.5 安全性関連の帳票を標準化する
安全性評価は、有効性評価に比べて「何をどこまでまとめるか」が組織によってばらつきやすい領域です。しかし、規制対応の観点では、安全性情報は後から集め直せない一次情報であり、収集・集計・報告の型をあらかじめ標準化しておくことが重要です。
ここを先に整備できているかどうかが、規制強化局面での対応力 (=信用) を分けます。
5.5.1 標準的な安全性集計表
安全性帳票では、「何が、どのくらい、いつ起きたか」を、誰が見ても同じように把握できる構造にします。最低限、以下の項目はテンプレートとして固定しておくと運用が安定します。
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- 有害事象の発現件数・発現被験者数・発現率
- 「件数」と「人数 (試験参加者数)」は意味が異なるため、必ず併記します (同一試験参加者に複数回起きる事象があるため)。
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- 重篤度別の集計
- 軽微な事象の多さよりも、重篤例の有無・内訳が意思決定に直結します。
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- 試験食品との関連性別の集計
- 関連性が「不明/否定できない」をどう扱ったかが後で問われやすいため、カテゴリ定義を事前に統一します。
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- 発現時期の分布 (摂取開始からの時間)
- 摂取開始直後に集中しているなど、因果関係を疑う端緒になり得ます。表だけでなく簡単な図 (発現時期のヒストグラム等) も有用です。
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- 器官別・症状別の集計
- 使えるならMedDRA等の分類体系に寄せると、集計の一貫性と説明力が上がります。
5.5.2 シグナル検知の簡易ルール
安全性の運用で大切なのは、「解析の精緻さ」よりも、見逃さないための早期警戒ルールを持つことです。統計的有意差を待つのではなく、一定の閾値を超えたら「いったん止めて確認する」という、現場向きのルールが必要になります。
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- 短期間での有害事象の集積 (例: 1週間以内に同種の事象が3件)
- 偶然と断定せず、「集積が起きた」という事実をトリガーに一次確認(症状定義、曝露状況、併用薬、ロット等)を開始します。
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- 重篤な有害事象の発生
- 単発であっても、重篤例は情報の取り扱いが別格です。発生時点で解析ではなく報告・対応に切り替える設計が必要です。
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- 特定の有害事象の発現率が対照群の2倍以上
- 「2倍」はあくまで目安なので、事象の重さ・背景発現率・医学的妥当性も合わせて判断します(ここを機械的に判定にしないことが重要です)。
5.5.3 報告フローとの接続
帳票とシグナルルールを整備しても、「誰が」「いつ」「どこへ」報告するかが曖昧だと実務では機能しません。健康被害情報の報告義務が強まるほど、試験で得られた安全性情報は、社内の規制対応フローに接続されていることが求められます。
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- 健康被害情報の報告義務に対応するため、社内での報告フローをSOP化する
- SOPには、①初報の受付窓口、②一次評価の責任者、③医学的評価の担当(医師等)、④エスカレーション条件、⑤報告期限の管理、を最低限含めます。
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- ヒト試験で得られた安全性情報を、どのタイミングで、誰に、どう報告するかを明確化する
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ポイントは「定例 (集計)」と「緊急 (シグナル)」を分けることです。
たとえば、
- 定例: 月次または症例固定ごとの安全性集計 (帳票) を、研究責任者・品質保証・薬事相当担当へ共有
- 緊急: シグナル検知ルールに該当した時点で、24時間以内に一次報告→所定様式で追報
のように、運用を時間軸つきで定義しておくと、現場が迷いません。
安全性評価は、試験が終わってから「ちゃんと集計しよう」と思っても手遅れになりやすい領域です。だからこそ、帳票 (何を集計するか)・シグナル検知 (いつ止めて確認するか)・報告フロー (誰がいつどこへ報告するか) を、試験開始前に標準化しておく必要があります。
- 帳票は「何が・どのくらい・いつ起きたか」を誰が見ても同じように把握できる形にする
- シグナル検知は統計的有意差を待たず、現場で動ける早期警戒ルールとして運用する
- 報告フローは、定例共有と緊急時対応を分け、SOPで責任者・期限・手順を明確化する
この3点をセットで整備できている組織ほど、規制強化局面でも安全性対応がぶれず、結果としてエビデンスの信頼性 (=製品の信用) を守れます。
5.6 再現性 (Reproducibility) を納品物の仕様に入れる
規制が強まるほど、解析で問われるのは「どんな手法を使ったか」だけではありません。むしろ、同じデータを渡されたときに、誰がやっても同じ結果に到達できるか──つまり再現性 (Reproducibility) が、エビデンスの信用を左右します。
機能性表示食品やサプリメント領域のヒト臨床試験 (ヒト試験) では、現場では今でもExcel中心の運用が残りがちです。しかし、手作業のコピペやセル修正が混入すると、結果が正しくても「再現できない=検証できない」ため、監査・照会に耐えません。したがって、再現性は理想論ではなく、納品物の必須仕様として最初から要求定義に組み込むべきです。
5.6.1 ワンクリック再現:解析を「手順」ではなく「実行物」にする
再現性を担保する最短ルートは、解析を「作業」から「実行物(スクリプト/パイプライン)」に変えることです。少なくとも次の4点は、納品仕様として固定します。
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- 解析コード (R / Python / SAS 等) を整備する
- 解析手順を文章で説明するのではなく、コードそのものを成果物に含めます。これにより、第三者検証が可能になります。
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- 実行環境を固定する (パッケージのバージョン、乱数シード)
- バージョン差で結果が微妙に変わることは珍しくありません。パッケージ一覧や環境情報を保存し、乱数を使う処理はseedを固定します。
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- 実行ログを自動保存する
- 「いつ・誰が・どのコードを・どのデータに対して実行したか」を残すことで、後からの照会・再計算が一気に楽になります。
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- QC手順を文書化する
- 再現性は同じ間違いが再現できるだけでは意味がありません。二重計算、独立レビュー、主要アウトプットのチェック観点など、QCの型もセットで残します。
ここまで揃って初めて、「解析担当者が変わっても」「時間が経っても」結果を再現できます。
再現性を崩す最大要因は、実は解析モデルではなく、出力 (表・図) を作る最後の工程です。表や図を手で整形し、Excelに貼り付ける運用がある限り、転記ミス・貼り間違い・最新版の取り違えが起きます。これは監査リスクの温床です。
そのため、表・図は次の考え方で自動化します。
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- 表・図の生成をコードで完結させる
- 解析→表1/表2/図1…までをワンコマンドで生成できる状態にする (例: R Markdown、Pythonなど)。
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- コピー&ペーストを前提にしない
- コピペは作業者依存になり、証跡が残りにくく、改版時に破綻します。監査対応を考えるなら、最初から排除するのが合理的です。
出力の自動化は工数削減のためだけではありません。結果の信頼性を制度要求に合わせるための設計です。
規制強化時代の統計では、「正しい結果を出す」だけでは不十分で、第三者が検証できる形で結果を残すことが必須になります。したがって、再現性は努力目標ではなく、納品物の仕様として、①コード化、②環境固定とログ保存、③QC手順の標準化、④表・図の自動生成までをセットで整備すべきです。
この仕組みを先に持った組織ほど、監査・照会に強く、結果としてエビデンスの信用を高められます。
5.7 データの品質を高める
ヒト臨床試験 (ヒト試験) の品質は、統計解析の巧拙よりも前に、入力データの品質でほぼ決まります。
どれだけ高度な解析を行っても、元データに転記ミスや入力漏れが混ざっていれば、結果は簡単に揺らぎます。規制が強化されるほど問われるのは「解析の正しさ」だけでなく、そのデータがどのように作られ、どの程度信頼できるかです。
機能性表示食品やサプリメント領域のヒト臨床試験 (ヒト試験) では、紙のCRF→Excel転記→統計ソフト手入力という運用が残りやすい一方、ここが最もエラーを生みやすい工程でもあります。
手作業は、入力者の経験や注意力に依存し、修正履歴が曖昧になりがちです。その結果、監査や照会の場面で「誰が、いつ、なぜ直したのか」が説明できず、科学的に正しいか以前にデータとして信頼できるかを問われます。
だからこそ、データ品質の改善は「入力段階での仕組み化」が本質です。転記や手入力を前提とせず、最初から電子的に、チェックと証跡が残る形でデータを集める設計が必要になります。
データ品質を安定させるために、最低限次の4つを整備しましょう。
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- ePRO (電子的患者報告アウトカム) やEDC (電子的データ収集) の活用
- 紙からの転記をなくし、入力を最初から電子化することで、転記エラーの発生源を断ちます。患者報告アウトカム (PRO) はePRO化のメリットが特に大きく、入力タイミングや抜けの管理もしやすくなります。
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- 入力時のリアルタイムチェック (範囲外の値、論理的矛盾)
- 年齢が範囲外、単位が不整合、来院日が順序逆転、摂取日誌と来院情報の矛盾など、後で気づくのではなく、入力時点で弾く (またはアラートを出す) 設計にすると、修正コストが劇的に下がります。
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- 監査証跡の自動記録
- 「修正した事実」だけでなく、修正前後の値、修正者、修正日時、修正理由が追える状態にします。これは監査対応のためだけでなく、後からデータの解釈を守る保険にもなります。
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- 「誰がいつ何を変えたか」がすべて残る仕組み
- 最終的に求められるのは、データの透明性です。Excelの上書き修正は、意図せず証跡を消しやすい運用になりがちなので、“履歴が残る仕組み”を設計要件として位置づけます。
こうした体制に移行することは、単なるIT化ではありません。エビデンスの信用を支える品質設計です。
規制強化時代の試験では、解析の前に「データが信頼できるか」が問われます。紙からの手入力という運用は、転記ミスと証跡欠如を生みやすく、監査リスクの温床になります。だからこそ、データ品質は入力段階で仕組み化し、ePRO/EDCの活用、リアルタイムチェック、監査証跡の自動記録、変更履歴が残る運用をセットで整備することが重要です。転記や手入力を前提にしない体制は、結果として試験の説明責任とエビデンスの信頼性を大きく高めます。
5.8 メタ解析・SRの作法を標準化する
機能性表示食品の届出では、システマティックレビュー (SR) が科学的根拠として認められており、制度側が「根拠の質」を重視するほど、SRそのものの品質が厳しく問われます。近年の見直しでは、SRの透明性・再現性を高めるために PRISMA 2020 に準拠した報告を求める方向が明確化されており、少なくとも新規届出では「作法」を外したSRは通りにくくなります。
ここで重要なのは、SRが「論文を集めて都合よくまとめる作業」ではなく、誰がやっても同じ結論に到達できることを目指す研究手法だという点です。PRISMA 2020は、そのために必要な情報を漏れなく記載するための報告ガイドラインであり、SRの品質担保を標準仕様として実装する役割を持ちます。
社内でSRを実施する (または外注を評価する) 場合、最低限、次の4点を「提出物の要件」として固定しておくのが実務的です。
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- 検索式の適切性と再現性
- どのデータベースで、どんな検索語・条件で、いつ検索したか。検索式が再現できないSRは、結論も再現できません (=説明責任に弱い)。
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- 選択基準・除外基準の明確さ
- どの研究を“入れて”、どれを“外したか”が曖昧だと、恣意性 (チェリーピッキング) を疑われます。PRISMA 2020 では、この透明化が中心テーマです。
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- バイアス評価(RoB)の実装
- RCTなら RoB 2、非ランダム化研究なら ROBINS-Iなど、研究デザインに応じた評価ツールを用いて、結果の信頼性 (偏りの入りやすさ) を構造化して示します。
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- PRISMAに準拠した報告
- PRISMA 2020チェックリストとフローダイアグラムに沿って、手順・判断・結果を「追跡可能」に記述します。
規制が強まるほど、SRは「内容」以前に「作法」で落ちます。したがって、統計 (またはエビデンス担当) がやるべきことは、SRを職人芸にせず、標準手順化することです。たとえば、
- 検索式・選定手順・データ抽出表・RoB評価表・PRISMAチェックの一式をテンプレ化
- 外注SRでも同じテンプレで品質監査できるようにする
- “差戻しになりやすいポイント”を社内の注意事項として蓄積する (=知識資産化)
こうしてSRの品質を工程で担保できる状態にすると、規制対応が安定し、結果として有効性主張の根拠も強くなります。
機能性表示食品のエビデンスではSRが重要な柱であり、制度が根拠の質を重視するほど、SRは「内容」以前に「作法 (透明性・再現性)」で評価されます。PRISMA 2020の要請が明確になる中、担当者は、検索・選定・バイアス評価・報告 (PRISMA) をテンプレとして標準装備化し、社内実施でも外注管理でも同じ品質で運用できる体制を整えるべきです。
5.9 「言えること/言えないこと」を統計解析担当者が管理する
最後に強調したいのは、統計解析担当者の役割が「解析して結果を出す」だけで終わらないという点です。機能性表示食品やサプリメントの世界では、統計結果は最終目的ではなく、表示文言 (=生活者に提示する主張) へと接続されます。だからこそ、統計解析担当者が「言えること/言えないこと」の線引きを管理しないと、組織としてのリスクが一気に高まります。
5.9.1 解析結果 ≠ 表示文言
統計的に有意差が出たとしても、その結果をそのまま表示文言に落とし込めるわけではありません。表示として成立するかどうかは、少なくとも次の観点を総合して判断する必要があります。
- 効果量の大きさ: 差は「有意」でも、生活者に意味のある変化か
- 臨床的意義: 統計的有意差が「実感」や「健康影響」につながるか
- 対象集団の代表性: 試験対象は、実際の想定ユーザーを代表しているか
- 再現性・頑健性: 解析条件を少し変えても結論がぶれないか (感度分析など)
つまり、統計は「差がある/ない」を示す道具であって、表示文言は「どの範囲で何を主張できるか」を決める営みです。両者を直結させると、過大な主張や誤認につながります。
5.9.2 事前の合意形成
このギャップを埋める最も実務的な方法が、事前の合意形成です。試験が終わってから「どこまで言っていいか」を議論すると、マーケティング上の期待やスケジュールの圧力がかかり、判断がブレやすくなります。
そこで、試験開始前に、研究開発・薬事 (品質保証)・マーケティングと合意しておきます。
- このアウトカムで、効果量がこの水準以上なら、この表現は許容
- この水準に届かなければ、この表現は不可 (または参考情報止まり)
こうした合意形成をしておけば、結果が出た後の意思決定が速くなり、かつ恣意性も減ります。統計解析担当者は、この合意形成を支えるために、効果量の意味や不確実性 (信頼区間、ばらつき、前提条件) を言語化して提供する役割を担います。
5.9.3 探索的な結果の取り扱い
サプリメント領域で起きやすい事故は、主解析で差が出なかったときに、探索的な解析の一部だけを切り出して「効いた」と言ってしまうことです。これは多重性の問題も絡み、偶然の有意差を発見しやすい構造だからです。
探索的解析は価値がないわけではありません。むしろ次の試験の仮説生成にとって重要です。ただし、社内の共通認識として、「探索的な評価項目で有意差が得られても、次の検証が必要とする」という線引きを徹底し、探索結果を確定的に表現することを防ぐ仕組み (レビュー体制、チェックリスト、表現ルール) を整備します。
統計結果は表示文言そのものではなく、表示文言は「効果量・臨床的意義・代表性・再現性」を踏まえて初めて成立します。したがって統計解析担当者は、試験後の解釈で迷わないように、この結果ならこの文言が言えるのか?言えないのか?という事前の合意を主導し、さらに探索的な結果を確定的に扱ってしまう事故を防ぐ役割を担うべきです。これを仕組み化できれば、規制強化局面でも主張の健全性と企業リスクの両方を守れます。
まとめ
サプリメント規制が始まるかどうかにかかわらず、臨床試験に求められる基準はすでに「医薬品寄り」に近づきつつあります。
これからのヒト臨床試験 (ヒト試験) で問われるのは、単に有意差が出たかではなく、偶然の有意差を排除できる設計か/安全性を見落とさない運用か/品質・ロット・データの来歴まで含めて再現できるかという点です。
この変化は、統計解析担当者にとって負担増である一方、見方を変えれば大きな機会でもあります。解析手法の巧拙で勝負する時代から、試験開始前にルールを決め、工程を標準化し、主張できる範囲を管理する──いわば「エビデンス責任者」として価値を発揮する時代へ移行しているからです。
本稿で挙げた9項目は、規制対応のための守りに見えるかもしれません。しかし実務上は、手戻り・差戻し・炎上リスクを減らし、結果としてスピードと信用を同時に高める攻めの整備でもあります。
規制環境が変わるとき、最後に問われるのは「準備していたか」です。統計の専門家が先回りして仕組みを整備できれば、規制強化はコスト増ではなく、信頼性で差別化できるチャンスになります。今こそ、解析だけでなく試験全体の品質設計に踏み込むことが、次の競争力につながります。
参考文献
- Consumer Affairs Agency, Japan. 機能性表示食品の届出等告示 (令和7年3月25日 内閣府告示第35号). Tokyo: Consumer Affairs Agency; 2025 Mar 25 [cited 2026 Feb 3]. Available from: https://www.caa.go.jp/policies/policy/food_labeling/food_labeling_act/assets/food_labeling_cms205_250325_01.pdf. (In Japanese).
- Consumer Affairs Agency, Japan. 機能性表示食品の今後について. Tokyo: Consumer Affairs Agency; 2025 Jan 28 [cited 2026 Feb 3]. Available from: https://www.caa.go.jp/policies/policy/food_labeling/foods_with_function_claims/assets/food_labeling_cms205_250128_01.pdf. (In Japanese).


